ほいっぷ

Aromantic Asexual A-spec 一人の全ての人

I want us all to live

私は普段、それなりに楽しくふざけながら生きているのですが、それと同時にあらゆる物事に対し絶望や疎外感を感じながら生きています。そういう両極端な感性は同時に存在しうるのだと、身を持って実感している今日この頃です。

 

さて、私は将来結婚するつもりが一切ありません。aro/aceの説明には必ず「パートナーや子どもを望む人もいます」と書かれており、これはこれでもちろん差別に対抗するための重要な一文ではあるのですが、私に限って言えばこれは当てはまりません。子どもも特に欲しくはないのですが、長くなるのでまた別の機会にでも書こうかなと思います。

 

もちろん、私以外の人間が婚姻関係を望むことはなんとも思わないし、「お好きにどうぞ」という感じなのですが、かといって「おめでとうー!」という気にもなりません。知り合いや職場の人に関しては一応そういう素振りをするのですが、私はどうも顔に出るタイプのようなので(自覚はない)果たしてどこまで誤魔化せているのかはちょっと分かりません。

 

両親が不仲だったとか、幼い頃に離婚しているとか、DVがあったとか、そういう過去は私にはありません。ただ、幼い頃から結婚に憧れを持ったことがないような気がします。母曰く、「パパのお嫁さんになりたい」という台詞もなかったようですし、私が子供の頃に思い描いた自分の年老いた時の姿は、ターシャ・テューダーのような一人で庭いじりをするおばあさん像だったので、もう根っからの「一人好き」だったのだろうと思います(ちなみに私は花が好きではないのでターシャ・テューダーにはなれない)

 

そんな感じなので、「結婚=羨ましい」「結婚=おめでたい」という感覚が一切なく、心からお祝いすることが難しい。大人だからそれなりの対応はするけれど、でも多分、私はどれだけ仲のいい人が結婚したとしても、内心は「ふーん」としか思わないだろうなと思います。プラスの感情もマイナスの感情も一切なし。結婚するという事実を、ただ認識するだけ。

 

そういう感覚の人は、恐らくごくごく少数なのだろうなと思います。たとえ「芸能人の結婚になんて興味ないよ」という人でも、自分の家族や親しい友人が結婚したら「おめでたい」と思う人が多いのではないでしょうか。

 

そういう「世間の空気とのズレ」を否応なく認識する時、私はそれを「孤独だ」と思っているのだろうか、とふと疑問に思いました。

 

孤独は、例え親しい人と一緒に過ごしていても感じるように、自分の気持ちや本当の姿を見せられなかったり理解されない時に感じるものでもあります。それでいうと、aro/aceは認知されず、一人でいることに烙印を押されるこの世の中で、私は自分や自分と同じような人々が理解され受け入れられているとは到底思えません。

 

仮に、結婚をしないという個人の選択やaro/aceについての知識が広く一般に知れ渡って配慮されていれば「自分は世間に受け入れられている」と感じ、結果、孤独を感じる人は少なくなるのだろうとは思います。

 

じゃあ今、aro/ace絶賛周縁化中の現在において、恋愛伴侶規範が幅を効かせているこの世の中で、私は孤独を感じているのかというと特にそうは思わないのです。

 

今日のように「世間の空気とのズレ」を強く感じた時、確かに、思わず天を仰いでため息を吐きたくなります。色々辛いし、絶望します。でも、孤独は感じません。

 

私は自分の特性(一人が向いていること)に割と早い時期から気づいていて、そしてどうもそれは世間一般の感覚からはズレているようだということも分かっていました。それでも理解のある母と友人、そして数々のフィクションに支えられて「自分は自分、他人は他人」と思えたからこそ、私はそこまで孤独を感じることなく生きることができています。

 

「世間とのズレ」を感じた時に「それはあなた方の考え方であって私とは違いますね」と思うことができるのは、そういう環境がたまたまあったこと、そして色々な方がaro/aceやフェミニズム等について活動してきてくださった過去のおかげだなとしみじみ思います(そして現在も)

 

もちろん、この状況にいて「自分は孤独だ」と思う人はそれでいいのです。いや良くはないのかもしれないけれど、でも実際生きにくい構造にはなっているのだから、そう思うのは当然だと思います。

 

今日は色々とモヤモヤすることがありました。私とは違う感性で生きている大多数の人が見ている景色は、私にとって異文化であり、親近感を感じることはありません。私や私と同じ性的指向・同じ考え方をもつ人が貶されたり笑われたりする時、すぐにひっくり返すことのできない構造をひしひしと感じる時、なぜ私にはスーパーヒーローのような力がないんだろうと恨めしく思います。

 

それでも私は生きたいし、歳をとって一人静かに余生を過ごす夢を見ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

そんな真面目なことを考えていたら、肉を盛大に焦がしてしまいました。やっぱり私はターシャ・テューダーにはなれない。